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最も古いタワーマンションって?タワマンの歴史はおもしろい!

2019年10月01日

現在は地価が高くて広大な建設用地の確保が難しい都市部を中心に、多くのタワーマンションが建設されています。
タワーマンションは単に高層ビルで戸数が多いだけではなく、豪華なサービスや共用施設を備えているという特徴があります。

現在の高級マンションの先駆けになったのは、1971年に東京都港区三田に三井不動産によって建てられた19階建ての三田網町パークマンションです。
麻布十番駅のすぐ近くの便利な場所に位置しており、三井不動産が手掛ける超高級マンションブランドのパークマンションの第一号です。
麻布十番駅は高級住宅街で、近くには各国の大使館などがあります。
三田網町パークマンションは“空に住まう”というコンセプトのもと、豪華な共用施設を備えた超高級物件です。

建物は地上52m19階建て(147戸)のツインタワーマンションで、敷地内には日本庭園も設けられています。
特定のコンセプトによって設計されたことに加えて、ゲストルーム・スカイラウンジ・フィットネスルーム・コンシェルジュなども備えており、現在のタワーマンションの原型といえます。
この当時、ツインタワーマンションは斬新的な建築物で、東京タワーと霞が関ビルに次ぐ第3の高層建築物として話題を集めました。

1970年代に現在のタワーマンションの原型が既に完成していましたが、日照権の問題や建築基準法に多くの規制を受けていました。
そのため、都市部から離れた郊外に建設されることが多かったようです。
大都市の中心部でタワーマンションの建設数の増加がみられるようになったきっかけは、1980年代のバブル経済です。
多くの人がハイステータスの物件を求めるようになり、地価が高騰した東京都の都心部に高層建築の高級マンションが建設されるようになりました。
バブル経済の崩壊後は人々が地価の下落した都市部に回帰するようになり、都心のタワーマンションには一定の需要がありました。

バブル経済の他にも、建設数の増加に大きく影響を及ぼしたのは、1997年に実施された建築基準法の改正です。
実質的な容積率の上限が引き上げられ、日影規制が緩和されたことで都市部の一等地に建設しやすくなりました。
建築技術の進歩と法改正によって居住性やコストが改善されるようになり、最近は東京以外の地方都市にもタワーマンションが建設されるようになりました。

タワーマンションの歴史を調べると、フィットネスジム・スカイラウンジ・ゲストルームなど共用施設は半世紀前に既に存在していたことが分かります。
タワーマンションの歴史は、戦後日本の経済成長と人々の好みや価値観の変化を表しているといえるでしょう。